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東京地方裁判所 平成6年(ワ)19725号 判決

原告

○○協同組合

右代表者代表理事

甲野太郎

原告

××協同組合

右代表者代表理事

甲山一郎

右二名訴訟代理人弁護士

田見高秀

飯野春正

被告

右代表者法務大臣

長尾立子

右訴訟代理人弁護士

大田黒昔生

右指定代理人

齊木敏文

外五名

主文

一  原告らの請求をいずれも棄却する。

二  訴訟費用は原告らの負担とする。

事実及び理由

第一  請求

一  被告は、原告○○協同組合に対し、金三億円及びこれに対する平成六年一〇月一四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

二  被告は、原告××協同組合に対し、金二億円及びこれに対する平成六年一〇月一四日から支払済みに至るまで年五分の割合による金員を支払え。

第二  事案の概要

一  原告らは、費用を投じて「食鳥処理の事業の規制及び食鳥検査に関する法律」(平成二年六月二九日法律第七〇号、平成三年四月一日施行。以下、「食鳥検査法」という。また、以下、単に条文のみを表記する場合は、同法の法条である。)に適合する構造設備を備え、同法に基づく食鳥処理事業の許可を受けて、食鳥処理事業を行っているものであるが、全国各地では従来の施設のままで食鳥処理を実施する業者がほとんどであり、これらに対する厚生大臣や都道府県知事等の監督が行われず、全国一律に施行されたはずの食鳥検査法が機能せず、設備投資のために多額の借金をした原告らに比して、従来の生産施設のままで処理している業者が食鳥肉等を低価格で販売するため、法律に従って設備を備えた原告らは、大幅な経常損失を出して倒産寸前に至っているが、これは、被告国(厚生大臣)及びその機関である都道府県知事らが、食鳥検査法に定める監督・規制権限等を適正に行使しなかったことによるものであり、原告らが右設備のために借り入れた金利相当額等の損害を被ったとして、その一部を国家賠償法一条一項に基づき損害賠償請求するものである(遅延損害金の起算日は、訴状送達の日の翌日)。

二  争いのない事実等

1  当事者

原告○○協同組合(以下、「原告○○」という。)は、組合員の取り扱う食鳥の協同加工等を事業目的として昭和五五年一二月八日に設立された協同組合法人であり、平成四年三月三一日、群馬県知事から食鳥検査法三条に基づく食鳥処理事業の許可を得て、その事業を営んでいる者である。

原告××協同組合(以下、「原告××」という。)は、組合員の取り扱う食鳥の協同加工等を事業目的として平成二年八月二四日に設立された協同組合法人であり、平成四年三月三一日、富山県知事から食鳥検査法三条に基づく食鳥処理事業の許可を得て、その事業を営んでいる者である。

2  食鳥検査法について

(一) わが国における鳥(特に鶏)の消費は、昭和四〇年ころからブロイラーの大量生産の普及とともに大幅に増加し、平成元年の消費量は昭和四〇年の約八倍の約一七二万トン(約一〇億羽)に達し、更に消費量の増大が見込まれたため、食鳥肉の安全性の確保が公衆衛生の向上の観点から極めて重要であると認識されていた。ところで、食鳥肉は、他の牛肉や豚肉等と違い、公的な検査制度がなく、人畜共通伝染病の排除、食中毒菌の汚染防止などの安全性の確保について不十分な点があり、このようなことは国際的にも問題とされ、昭和五一年には、FAOとWHOの合同食品規格委員会が「食鳥肉処理加工の勧告、国際衛生取扱基準」を定めて、加盟各国に貿易の円滑化と食鳥肉の安全確保のための食鳥検査制度を設けることを勧告し、わが国でも、昭和五三年には「食鳥処理加工指導要領」が示され、食鳥処理業者による自主的な疾病り患鳥の排除が行われることになっていた。

その後、食鳥の飼育形態が大規模多数羽飼育に変化したことによる疾病構造の変化や自主的な検査の限界等から、食鳥肉のより一層の安全確保を図る必要性が生じたため、昭和六〇年ころから、諸々の検討を経て、食鳥検査法が成立し、平成二年六月公布されるに至った。

なお、同法の「食鳥処理」とは、食鳥の屠殺から羽毛の除去まで(この状態にあるものを「食鳥とたい(屠体)」という。)及び食鳥とたいから内臓を摘出すること(右摘出後のものを「食鳥中抜とたい」といい、この状態になった食鳥の肉、内臓、骨及び皮を総称して「食鳥肉等」という。)の双方の工程を包摂していい、この処理を行う施設を「食鳥処理場」という。そして、右工程により内臓を摘出した後の、もも肉、胸肉、ささみなどに分割細分していく工程は、食品衛生法の「食肉処理業」等の許可を得て行うものとされている。

(二) 食鳥検査法は、食鳥処理の事業について衛生上の見地から必要な規制を行うとともに、食鳥検査の制度を設けることにより、食鳥肉等に起因する衛生上の危害を防止し、もって公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とし(一条)、その目的を達成するため、(1)衛生上の見地からの規制として、①構造設備基準に基づく食鳥処理業の許可(三条、五条関係)②衛生管理基準の設定(一一条関係)③食鳥処理衛生管理者の設置の義務付け(一二条関係)等を行うとともに、(2)食鳥検査制度の導入(一五条関係、一六条関係)を行うものとしている。

(三) 構造設備基準に基づく食鳥処理業の許可(三条、五条関係)

(1) 食鳥処理の事業を営もうとする者は、食鳥処理場ごとに、当該食鳥処理場の所在地を管轄する都道府県知事(その所在地が保健所法第一条の政令である市の区域にある場合にあっては、当該保健所を設置する市の市長。以下同じ。)の許可を受けなければならない(三条)。

(2) 許可

食鳥検査法五条二項は、都道府県知事は、三条の許可の申請にかかる食鳥処理場の構造又は設置が厚生省令で定める基準に適合しないと認めるときは、同条の許可をしてはならないとし、食鳥検査法施行規則(平成二年六月二九日厚生省令第四〇号。以下、「規則」という。)は、一二項目五二事項にわたり、食鳥処理場の許可にかかる構造又は設備の基準を規定している。また、一定の要件(食鳥処理羽数量が年間三〇万羽以下で、食鳥検査に関して作成した確認規程につき都道府県知事等の認定を受けたもの)を満たしたいわゆる認定小規模食鳥処理業者(以下、「認定小規模業者」という。)については、右規則により、八項目三一事項にわたり、食鳥処理の許可にかかる構造又は設備の基準が定められている。

(3) 許可取消等及び調査確認

都道府県知事は、一旦、許可を与えた食鳥処理業者に対しても、その食鳥処理場の構造設備が前記厚生省令(規則)に適合しなくなったと認めたときは、その整備改善命令を発し、若しくは整備改善がなされるまでの間その食鳥処理場の全部又は一部の使用を禁止し、又は第三条の許可を取り消し、若しくは六か月以内の期間を定めて事業の全部又は一部の停止命令を発することができる(九条)。

また、食鳥検査法は、都道府県知事が食鳥処理場の実態を調査確認を行うことを実効あらしめるために、(ア)食鳥処理業者、食鳥処理衛生管理者、届出食肉販売業者に業務状況の報告を求めることができ(三七条一項、規則二八条)、(イ)その職員をして立入検査を実施することができる(三八条一項、規則二九条)と定めるとともに、(ウ)報告を拒み、若しくは虚偽の報告をした者、又は立入を拒んだ者に罰則(四九条)を適用する等の規程をおいている。

(四) さらに、食鳥検査法は、食鳥検査制度を設け、食鳥処理業者は、処理を行うすべての食鳥等について、都道府県知事の行う食鳥検査を受けなければならないとし(一五条一項)、認定小規模業者については、食鳥処理衛生管理者に食鳥等の状況が一定の基準に適合することを確認させること等により、食鳥検査を受けることを要しないとしている(一六条一項及び三項)。

(五) 右のとおり、食鳥検査法は、都道府県知事が前記各権限を有することを定めているが、これは知事に対する機関委任事務であり(地方自治法一四八条及び同法別表第三(二十九の二))、知事は国の機関として食鳥処理業の右各権限の行使を行うものである。

したがって、厚生大臣は、都道府県知事が食鳥検査法に基づく食鳥処理業者の許可事務を同法に従い適切に行っているかを指揮監督するために、事務処理の状況を知るための報告を徴し、書類帳簿を検閲し、実地に事務を視察し、訓令、通達を発して権限の行使を指揮する等の手段を講ずることができる。

3  原告らの行動等

(一) 原告らは、平成五年一二月八日、「食鳥検査法を守る会」一〇業者の連名で厚生大臣宛てに、食鳥検査法の完全実施と法律に適合した施設を整備した者に対し「施設整備に要した費用又は支払利息の填補等何らかの救済措置」を講ずるよう請願書を提出した。

(二) 福島行政監察事務所は、平成六年三月一七日、同県内の食鳥処理業者について法不適合を指摘する地方監察結果を同県知事に通知した。右事務所は、平成五年一〇月から同年一二月にかけて、同県内の全食鳥処理場(一四か所)を対象に行政監察を実施し、その結果として各処理場の構造設備に関し、一四か所すべてについて「法定の基準に適合しない項目がある」、「食鳥処理場の構造基準に適合していないのは、食鳥処理業者等が食鳥処理場の維持管理等を適切に実施していないことや福島県のこれらの者に対する基準遵守についての指導監督が十分に行われていないこと等に起因しているが、不適合のものの中には、事業の許可当時から適合していないものもあった。」と指摘する地方監察結果を同県知事に通知し、改善を求めた。

(三) 原告らは、平成六年四月一一日、食鳥検査を守る会代表原告○○名で厚生省の所轄部署である生活衛生局乳肉衛生課長宛てに、福島県の行政監察結果を踏まえて全国都道府県における食鳥検査法の実施状況の速やかな調査確認と法律を遵守して処理を行っている業者の経済的窮状の改善のために措置を講ずることを趣旨とする要望書を提出した。

(四) 原告らは、平成六年三月三〇日、食鳥検査法を守る会代表原告○○名で総務庁行政監察局局長宛てに、調査の申し入れをした。

(五) 原告らは、平成六年四月一四日、食鳥検査法を守る会代表原告○○名で、厚生大臣宛てに、関係都道府県の実情を調査し不適合業者には許可を取り消すよう都道府県知事に通達を出すことを求めるとともに、そのような措置が取られない場合には国家賠償を請求する旨を記載した請願書を提出した。

(六) 原告らは、平成六年六月九日及び同月一〇日、原告らが独自に調査した食鳥処理場の実態調査に基づき、左記一三県一市に所在する一八業者を特定して、内閣総理大臣、厚生大臣及びその県知事又は市長に対して食鳥検査法の厳正な実施のための措置を請求した。

新潟県、埼玉県、栃木県、石川県、兵庫県、岐阜県、愛知県、富山県、福井県、茨城県、広島県、岡山県、福島県、大阪市

(七) 原告らは、平成六年八月二三日、原告○○名で、総務庁長官宛てに、埼玉県及び新潟県内の処理場について行政監察の実施を求める陳情書を提出した。

(八) 原告らは、平成六年九月一六日、原告○○名で、内閣総理大臣宛てに、緊急の救済措置と法基準不適合が放置されている県に対する是正措置を求める意見書を提出した。

(九) 原告○○が所在する群馬町議会は、平成六年九月二二日、食鳥検査法の完全実施と救済措置を国及び県に求める意見書提出にかかる請願を採択した。

三  争点

本件の争点は、(一)被告の機関としての都道府県知事に、原告らの主張する食鳥処理場の構造設備基準に関する食鳥検査法上の規制権限等の不行使があったか否か、また、厚生大臣に右都道府県知事に対する監督権限等の不行使があったか否か、(二)右各権限等の不行使が原告らに対する関係で違法であるか否か、及び(三)原告らの損害の有無及び損害と右違法との間に因果関係があるか否かである。

右争点に関する双方の主張は、以下のとおりである。

(原告らの主張)

1 構造設備不適合処理場についての都道府県知事の規制権限等

(一) 都道府県知事は、食鳥検査法五条二項の規定に従い、食鳥処理の事業を営もうとする者から、同法三条の許可申請があったときには規則の定めるところに従い、その申請事業者の食鳥処理にかかる構造設備を調査・審査し、法の要求する構造設備に満たないものしか有しない場合には、その申請を不許可とすべきであり、法不適合の申請を許可してはならない。この意味で都道府県知事は、法不適合の申請を不許可とすべき法的な作為義務を負っているというべきであり、法に適合しない構造設備しか有しない業者に対して、同法三条の許可を与えたときは、その行為は規制権限の不行使による作為義務違反として違法行為となることは明らかである。

また、許可不許可を決定する前提として、都道府県知事には、法に適合した構造設備を備えるように、許可申請業者を適切に行政指導すべき義務もあるのであり、そうした行政指導を適切に行わなかった場合は、その義務違反として違法行為となる。

(二) 都道府県知事が、前記第二の二(三)の(3)の法的権限を行使せず、食鳥検査法が公衆衛生の見地から定めた構造設備基準に不適合な食鳥処理場の操業を放置するときは、その放置は右規制権限の不行使による作為義務違反として違法行為となることも明らかである。

2 厚生大臣の権限等

厚生大臣は、前記第二の二2(五)のとおり、都道府県知事が、食鳥検査法に基づく食鳥処理業者の許可事務を同法に従い適切に行っているかを指揮監督するために、一般に上級官庁が下級官庁に対して有する指揮監督権に準じて、それとほぼ同様の手段、すなわち、事務処理の状況を知るために報告を徴し、書類帳簿を検閲し、実地に事務を視察し、訓令、通達を発して権限の行使を指揮する等をとることができる。

厚生大臣は、都道府県知事の食鳥検査法に基づく食鳥処理業者の許可事務の執行が同法(省令を含む)の規定に違反しまたは執行を怠るものがある場合には、是正の勧告をする権限、命令をする権限及び裁判所に職務執行命令を求める裁判を請求する権限、代執行等の権限を有する(地方自治法一五一条の二第一項ないし第八項)。さらに、厚生大臣は都道府県知事に対して内閣総理大臣による是正改善の措置(同法二四六条の二第一項)を請求することができる(同条四項)。

したがって、厚生大臣が、右監督権限を適切に行使せず、都道府県知事に食鳥検査法に反する食鳥処理業者の許可事務を放置し、また、許可申請業者に対し法に適合する構造設備を備えるよう行政指導すべき都道府県知事の職務の怠慢を放置するときは、厚生大臣にはその監督権限の不行使による作為義務違反として違法行為があるというべきである。

3 食鳥検査法施行後の実態

原告らは、それぞれ群馬県及び富山県の行政指導を受けて、食鳥検査法の規定に従って構造設備を備えるための設備投資を行い、厖大な金銭の借入をする努力をして、法の趣旨に従った構造設備を整え、平成四年三月三一日付けで、それぞれ、所管知事から許可を得た。

ところが、全国的には、同法の規定する構造設備を備えた食鳥処理場への改善を行った業者及び改善を指導した自治体は極めて少なく、圧倒的多数の自治体では、従前の設備のまま事業を継続する実態が放置され、各自治体による同法の規定に従った構造設備を備えるようにとの業者に対する行政指導が何らなされず、また、都道府県知事が同法の規定に従った指導をすることを指揮監督すべき厚生省の指導も何らなされないままであった。

その結果、原告らの調査によれば、同法を遵守して法の定める許可を受けた業者は、全国で、辛うじて、群馬県二件、茨城県二件、千葉県二件、富山県一件、岐阜県一件、石川県一件、福井県一件の七県一〇件のみであり、平成四年度末現在で全国に四〇四二か所(大規模食鳥処理業者二一〇か所、認定小規模食鳥処理場三八三二か所)の圧倒的大多数は従前の構造設備のまま法を遵守した改善がなされず放置された状態となった。

4(一) 各都道府県知事の規制権限等の不行使

各都道府県知事は、食鳥検査法による食鳥処理現場の構造設備に関する前記規制(許可、行政指導)権限があるのに、その行使を怠り、法基準不適合のままの施設での事業の継続を漫然放置し、または法基準不適合のままの設備での事業に対して許可を与えたものであって、右権限不行使による作為義務違反の違法行為がある。原告は、前記第二の二3(六)のとおり、平成六年六月一〇日ころ、一三県一市に所在する一八業者を特定して、内閣総理大臣、厚生大臣及び右各県知事又は市長に対して食鳥検査法の厳正な実施のための措置を請求したが、少なくとも右各県の知事及び市長には、前記規制権限不行使の違法がある。

(二) 厚生大臣の権限等の不行使

厚生大臣は、前記上級官庁として指導監督権及び地方自治法に基づく権限があるのに、その行使を怠り、法基準に不適合のままの設備での事業の継続を漫然放置して、全国的に斉一に施行されるべき食鳥検査法の実施・不実施の不平等状態を是正せず、また法基準に不適合のままの設備で事業を行う者に対して許可を与えた都道府県知事の法違反の許可処分を是正しなかったものであって、権限不行使による作為義務違反の違法行為がある。

5 (被告の主張に対する反論)

行政庁による規制の結果は直接国民生活に影響を及ぼし、その基盤となる性質を有するものであるから、その権限の行使は同時に職務上の責務を負い、場合によっては行政処分の名宛人以外の第三者との関係においても権限の行使を義務づけられることとなる場合があることを承認しなければならないのであって、それが、福祉国家における法の一つの使命でもあると考えられ、往年の取締行政に対する観念の転換を要する面がある。しかして、そのような場合にその権限を行使すべき公務員が、法によって裁量権を付与された趣旨に反して権限の行使を怠ったときは、その不作為は国家賠償法一条一項の適用上も違法となるものというべきである。

6 原告らの損害

(一) 原告らは、いずれも県の行政指導に基づいて法に適合した構造設備を備えて操業を開始したが、全国各地では、従来の設備のままで食鳥処理事業を営む業者がほとんどであり、これに対する厚生省(厚生大臣)及び各都道府県知事の監督は行われず、全国一律に施行されたはずの食鳥検査法が機能せず、その結果、法に適合する構造設備を備えた原告らのような業者と従来のままの設備で食鳥処理を行っている業者とでは、設備投資のための自己借入額の支払利息及び減価償却費が大幅に異なるため、食鳥肉等の販売価格に差が生じ、法に適合した構造設備を新たに備えた原告らのような事業者すべては、大幅な経常損失を出して倒産寸前の状態に立ち至っている。被告及びその機関である都道府県知事がその監督・規制権限を適正に行使し、法律を遵守していれば、原告らの現在の状態、損失は生じなかったものであり、原告らの損失は、被告及びその機関である都道府県知事の監督・規制権限の不行使により生じたものであるから、被告はこの損失を損害として賠償すべきである。

原告らは、法に適合した構造設備の整備費用を各種補助金及び自己負担金でまかなっており、自己負担金については各種借入金で負担し、借入時から現在まで既に多額の返済を行い、しかしなお多額の返済債務を負っている。また、取得した設備も経年の減価償却により相当額の減価をしている。これらが、被告が賠償すべき原告らの損害である。

(二) 原告○○の損害

(1) 原告○○が、平成四年三月三一日に群馬県知事の食鳥処理業の許可を受けるにあたって新設・購入した設備投資の総事業費(ただし土地取得費を除く)は九億六七四三万二〇〇〇円である。そのうち、補助金(国、県及び町からの補助金)を除く自己負担金は五億九五八五万三〇〇〇円である。原告○○は自己負担金及び土地取得費を左記の借入金でまかなった。

借入先     借入金額

経営近代化資金 三億円

全信組連借入 二億九〇〇〇万円

けんしん借入 二億三九〇〇万円

合計 八億二九〇〇万円

(2) 原告○○は、平成四年から平成六年七月までに、右借入に対する金利の支払いとして合計一億〇五五六万七一六四円を支払った。また、平成四年三月三一日に群馬県知事の食鳥処理業の許可を受けるにあたって新設・購入して設備投資した固定資産の平成四年から平成六年七月までの減価償却額は、合計一億一五二七万六四九三円である。

(3) 右借入金額(八億二九〇〇万円)、金利支払額(一億〇五五六万七一六四円)及び減価償却額(一億一五二七万六四九三円)が原告○○の損害であり、その合計は一〇億四九八四万三六五七円となる。

(三) 原告××の損害

(1) 原告××が、平成四年三月三一日に富山県知事の食鳥処理業の許可を受けるにあたって新設・購入した設備投資の総事業費(ただし、土地取得費、電機工事費等を除く)は三億五〇三三万六〇〇〇円である。そのうち、補助金(国及び県からの補助金)を除く自己負担金は一億九九〇一万四〇〇〇円である。原告××は自己負担金及び土地取得費、電機工事費等を左記の借入金でまかなった。

借入先     借入金

北国銀行借入 二億一〇〇〇万円

北国キャピタル 一億一〇〇〇万円

北陸銀行    一億円

合計 四億二〇〇〇万円

(2) 原告××は、平成四年から平成六年七月三一日までに、右借入金に対する金利の支払いとして合計五一四八万円を支払った。また、平成四年三月三一日に富山県知事の食鳥処理業の許可を受けるにあたって新設・購入して設備投資した固定資産の平成三年から平成六年度までの減価償却額は、合計四四三六万二〇二九円である。

(3) 右借入金額(四億二〇〇〇万円)、金利支払額(五一四八万円)及び減価償却額(四四三六万二〇二九円)が原告××の損害金であり、その合計は、五億一五八四万二〇二九円となる。

7 よって、原告○○は右損害金の一部である金三億円の賠償を、原告××は右損害金の一部である金二億円の賠償をそれぞれ求める。

(被告の主張)

1 被告の責任について

(一) 被告及び都道府県は、多数回にわたる各種通知、会議、研修会、食鳥処理場の構造設備基準の監視、指導等を行い、これらにより食鳥検査法の周知、徹底、食鳥処理場の構造設備基準への適合についてできる限りの措置を講じ衛生上の危害の発生防止に努めてきた。また、前記一三県一市の知事及び市長に対し、食鳥処理場につき構造設備基準の不適合等があるとして請願法に基づく監督権の発動を求める請願がなされたことに対して、右各県知事らは、再調査をして右基準に適合している事実を回答し、原告らから厚生省に対しなされた陳情等については、厚生省は、都道府県等に調査を依頼し、右基準の適合性を把握するとともに、不適合部分については改善指導等を行うなどして原告らにこの旨の回答をしたほか、会議の場で食鳥検査法の適正な施行について指示等を行うなどし、誠意ある対応をしてきた。さらに、徳島、福島、岡山各県の各行政監察事務所は、各県内の食鳥処理場について食鳥肉の安全確保に関する調査を行い、その調査結果を各県に通知し、これを受けた各県において食鳥処理業業者に構造設備基準等に関する適切な改善指導を行った。

以上のとおり被告は、食鳥検査法上の規制権限を適切に行使したものであって、原告ら主張のごとく全国的に同法不遵守の食鳥処理場が放置されているということはない。

(二) 原告ら主張の法基準不適合のままの施設での事業継続を漫然放置したとの規制権限不行使の違法について

(1) 食鳥検査法が定める知事の有する整備改善、使用禁止、許可取消、事業停止命令(九条)等の監督処分権限、報告の徴収(三七条一項)、立入検査(三八条一項)等の行政調査権限及び行政指導権限については、その行使の有無、時期、方法等の判断は、知事の専門的判断に基づく合理的裁量に委ねられているというべきである。ところで、合理的裁量に属する行政庁の規制権限の不行使については、具体的事情の下において、当該裁量権を付与した法の目的、趣旨に照らしてその不行使が著しく不合理と認められる場合でない限り、国家賠償法一条一項の適用上違法の評価を受けるものではない。

(2) ところで、食鳥検査法は、食鳥処理の事業について衛生上の見地から必要な規制を行うとともに、食鳥検査の制度を設けることにより、食鳥肉等に起因する衛生上の危害の発生を防止し、もって公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とするものであり(一条)、右衛生上の見地からの必要な規制として食鳥処理の事業を許可制とし(三条ないし八条)、前記の監督処分(九条)及び行政調査(三七条一項、三八条一項)等を設けているのである。したがって、食鳥検査法上の保護法益となっているのは、公衆衛生の向上及び増進であって、原告ら主張の同業食鳥処理業者の営業上の利益ではない。

(3) 次に、食鳥処理事業の許可は、従来食品衛生法に基づく都道府県知事の定める施設基準に適合した者に与えられていたという歴史的背景があるため、食鳥検査法の施行の際、現に食鳥処理の事業を営んでいる者が当該食鳥処理の事業について同法による改正前の食品衛生法の許可を受けているときは、施行日から一年間は食鳥検査法の許可を受けないで、食鳥処理の事業を従前の例により引き続き営むことができ、その者がその期間内に食鳥検査法の許可申請をした場合には、その申請についての許可の通知を受ける日までの間も同様とする旨の経過措置が置かれている。右の経緯によれば、食鳥検査法の施行後いまだ日も浅く、同法の規制を徹底させるには必ずしも十分な期間が経過しているものとはいえないのみならず、同法自身、改正前の食品衛生法の許可を受けて営業してきた食鳥処理業者について一定の条件の下に食鳥検査法の許可を受けないで営業することを認める経過措置を置き、もって、右食鳥処理業者の営業継続ひいては取引関係者の利益(食鳥肉の円滑な取引の継続)に配慮を示しているものと解することができる。

(4) また、行政庁の措置として、被告及び都道府県が多数回にわたり通知、会議、研修会、食鳥処理場の構造設備基準等の監視、指導等を行ってきたこと、前記一三県一市が、再調査をして右基準に適合している事実を回答するなどする一方で、原告らの陳情に対しても調査依頼、会議での指示等を行うなど、誠意ある対応をしてきたこと、さらに、徳島、福島、岡山各県の行政監察事務所が、食鳥肉の安全確保に関する調査を行い、その結果を各県に通知し、これを受けて、右各県が食鳥処理業者に対し適切な改善指導を行ったことは前記(一)のとおりである。

(5) 以上の諸事情等から総合して判断すると、本件において食鳥検査法九条等の規制権限を行政庁が仮に行使しなかったとしても、当該不行使が著しく不合理であると評価すべき事情は全く存しないというべきであり、営業上の利益侵害を主張する原告らとの関係で、国家賠償法上の違法性が存在しないことは明らかである。

(三) 原告ら主張の法基準不適合の許可の規制権限不行使の違法について

一般に、国家賠償法一条一項は、国又は公共団体の公権力の行使に当たる公務員が個別の国民に対して負担する職務上の法的義務に違背して当該国民に損害を与えたときに国又は公共団体がこれを賠償する責に任ずることを規定するものである。したがって、都道府県知事の食鳥検査法三条に基づく許可行為が国家賠償法一条一項の適用上違法となるかどうかは、許可行為の内容の違法性とは区別されるべきものであり、仮に許可行為の内容に法基準不適合のおそれがあるとしても、その故に右許可行為が直ちに国家賠償法一条一項の適用上の違法の評価を受けるものではない。しかるところ、食鳥検査法が食鳥処理の事業につき許可制を設けた趣旨は、前記のとおり食鳥肉等に関する衛生上の危害の発生を防止し、もって公衆衛生の向上及び増進に寄与するとの同法の目的を達成するためであり、それ以上に原告らの主張するような同業食鳥処理業者の営業上の利益を保護することを許可制度の直接的な目的とするものではない。そうすると、知事が右許可、不許可の判断に当たって同業食鳥処理業者の営業上の利益保護を主張する原告らに対して、食鳥検査法所定の許可基準を遵守すべき職務上の法的義務を負担しているとはいえず、したがって、知事による許可の付与それ自体は、仮に右許可基準に適合していない場合であっても、同業食鳥処理業者である原告らの営業上の利害に係る関係において直ちに国家賠償法一条の一項にいう違法な行為に当たるものではない。

2 原告ら主張の損害について

(一) 原告らは、経常損失による倒産状態を損失として主張しながら、損害を設備投資のための借入金等とすること自体矛盾であり失当である。原告ら主張の借入金等自体は、本来食鳥検査法所定の許可基準に従った施設設備を備えるためのものであって何ら損害と言うべきものではないはずだからである。もっとも、原告ら主張の借入金は食鳥検査法に定める構造設備基準により義務づけられていない、活性汚泥法による汚水処理施設、中抜ライン施設や処理可能羽数の増加を見込んだ食鳥処理場の新設など過剰投資を目的とする部分が多いものである。

また、右基準不適合の食鳥処理業者との営業利益の比較による損害の算定についても、食鳥処理業者の営業利益は営業内容、方法、能力、地域性等の不確定要素によって左右されるものであって、右算定は著しく困難と言うほかない。そうすると、原告ら主張の監督・規制権限の不行使との間に因果関係が認められないものというべきである。

(二) そうすると、原告ら主張の損害は、その発生自体認められないか若しくは原告ら主張の監督・規制権限の不行使との間に因果関係が認められないものというべきである。

第三  争点に対する判断

一  食鳥検査法は、前記第二の二2(一)の経緯で立法されたもので、同法は、食鳥肉等に起因する衛生上の危害の発生を防止し、もって公衆衛生の向上及び増進に寄与することを目的とし、そのために食鳥処理の事業について、衛生上の見地から必要な規制を行うとともに、食鳥検査の制度を設けたものである。また、同法は、平成二年六月二九日法律第七〇号として成立したが、施行日は平成三年四月一日(ただし食鳥検査に関する規定は平成四年四月一日)から施行するものとされ(同法附則一条)、また、同法施行の際、食品衛生法二一条一項の許可を得て現に食鳥処理の事業を営んでいる者については、施行の日から一年間は同法三条の許可を得ないで、従前の例により引き続き当該食鳥処理の事業を営むことができ、その期間内に同条の許可を申請した場合において、その期間を経過したときは、その申請について許可又は許可しない旨の通知を受けるまで同様とするものとし(同法附則二条)、既存業者の実情をふまえた経過規定を置いている。また、認定小規模業者については、食鳥検査に関する特例を設け、同法一五条一項ないし三項の食鳥検査を要しないものとし、食鳥処理衛生管理者に食鳥とたい等について規制で定める基準に適合するか否かの確認をさせるものとしている(一六条)。次に、食鳥処理については、中抜き解体方式や食鳥検査法制定以前から一般的に行われていた外剥ぎ解体方式があるところ、疾病り患鳥又は異常鳥の排除、カンピロバクター等の食中毒菌による食鳥肉の汚染を防止して前記食鳥検査法の目的を達成するための方法として、中抜き解体方式はその目的によくかなうものであるが、外剥ぎ解体方式も、その処理の仕方次第では食鳥と内蔵との同一性識別が困難になりやすいという潜在的性格を有するものの、方式それ自体は前記の疾病り患鳥等の排除や食中毒菌等の微生物汚染の防止の目的を達しうるものとの判断のもとに立法がされたもので(証人森田及び弁論の全趣旨)、したがって、食鳥検査法は、食鳥処理として外剥ぎ解体方式を排除しているものではない。なお、平成六年当時、年間約六億九〇〇〇万羽が処理されているが、そのうち約六億羽がブロイラーで、その余が廃鶏であり、全体の約九五パーセントが大規模処理場で処理されているが、小規模な業者ではそれほどの機械化を要しないことなどから外剥ぎ解体方式を採用している業者が多い状況にある(証人浅野目、証人森田)。

また、原告らは、大規模な廃鶏処理業者である(甲六、二八、七一、八五及び弁論の全趣旨)。

二  食鳥検査法施行の原告らの行動については、前記第二の二3のとおりであり、同法施行前後の被告国(厚生大臣)ないし都道府県(知事)の対応等の概略は以下のとおりである。

1  食鳥検査法の所管省庁である厚生省は、同法の施行に向けて平成二年九月一二日、都道府県、政令市、特別区の担当者等を対象に、食鳥検査法の概要を内容とする全国乳肉衛生主管課長会議を開催し、平成三年二月七日及び八日には、都道府県及び政令市のと畜検査員並びに都道府県、政令市及び特別区の職員で食鳥検査の担当者を対象に、食鳥検査法の施行のための講習(構造設備基準、衛生管理基準、疾病り患食鳥及び異常鳥の検査手法等を内容とする)を実施し、同年三月一一日から二二日にかけて、全国を五つの地区に分けて、食鳥処理の事業の規制及び食鳥処理検査に関する法律施行令及び同法施行規則についてを議題とする食鳥検査法施行に伴う地区別打合わせ会議を開催した(乙四ないし六、証人森田)。

食鳥検査法施行後においても、同年八月二八日、食鳥検査の円滑な実施を図るために、乳肉衛生主管課長会議を開催し、平成四年一月下旬から二月中旬にかけて、各都道府県が自習した食鳥検査手法の確認と標準化、検査員の異常鳥に関する判断の統一化、食鳥処理衛生管理者の技術指導の重点事項の統一化を目的として、食鳥処理場での検査実習を内容とする食鳥検査ブロック研修会を開催し、また、後記二の(六)との都道府県主催の各種会議等に担当職員を派遣し、食鳥検査法について指導助言を行った。(乙七ないし一一、証人森田)。

また、厚生省は、平成七年六月三〇日、岡山市から後記の行政監察の結果通知に対する改善措置の報告を受け、同年七月三日、岡山県からも同様の報告を受け、同年一〇月一八日、福島県から、食鳥処理場の設備構造の状況について報告を受けた(乙一六の一、二及び一九)。

2(一)  平成四年三月以前には、都道府県等において営業者に対する講習会が延べ五一二回(延べ参加人数八二二二人)行われ、平成四年四月以降は、研修会が延べ三七一回(延べ参加人数四五七一人)行われ、また、都道府県等において、平成四年四月から同六年末までの間、六一六六〇件の監視、一万七八九三件の指導、二八件の誓約書、二件の改善命令がなされ、そのうち、内施設設備関係の監視件数は一六七六件、指導は七件、誓約書二件という状況であった。なお、平成六年度末の食鳥処理場の数は、大規模処理場が約二〇〇か所、認定小規模処理場が約三九〇〇か所であった(乙一二及び証人森田)。

(二)(1)  福島県は、大規模食鳥処理場五施設に対して、福島・郡山両食鳥衛生検査所が食鳥検査の際、これと併せて必要な指導を行っており、平成四年度及び五年度(四月ないし九月)において、五施設で延べ二三事項(内容別にみると、構造設備関係が五事項、衛生管理関係が一三事項、その他五事項)の指導をしており、また、認定小規模食鳥処理場に対しては、六保健所が九施設に対し一施設あたり年間一ないし七回程度立入検査を実施したが、立入検査の内容については、構造設備関係については行われておらず、管理関係を中心に行い、特段の指導は行われていなかった。

(2) その後、福島行政監察事務所は、平成五年九月ころ、福島県内の大規模食鳥処理場五施設、認定小規模食鳥処理場九施設を対象に、構造設備基準、衛生管理、食鳥検査等の適合状況について調査を行なったが、調査対象となった食鳥処理場の構造設備に関しては、全施設において基準不適合が認められ、一施設あたりの不適合事項数は両処理場とも一ないし七事項にわたり、不適合のものの中には、事業の許可当時から適合してないものもあり、不適合事項は、両処理場併せて食鳥処理施設関係が延べ二五事項(一一施設)、構造設備関係が延べ一五項目(七施設)、施設等の配置関係が延べ一〇項目(八施設)というものであった。その内容としては、例えば、食鳥処理施設関係では、オーバーヘッドコンベヤに懸けられた放血脱羽した食鳥とたいが食鳥中抜きとたい冷却槽に落下し、食鳥中抜きとたいを汚染するおそれがあったこと、構造設備関係では、生体受入施設が十分な広さを有していないため、広場で生体検査を実施していたこと、施設等の配置関係では、生体受入施設とと殺放血室、湯漬脱羽室と中抜室が、それぞれ隔壁により区画されていなかったこと等である。

そこで、右行政監察事務所は、これらの状況が、食鳥処理業者が食鳥処理場の維持管理等を適切に実施していないことや福島県のこれらの者に対する管理基準についての指導監督が十分に行われていなかったこと等に起因していること、福島県は、右状態を改善するため、食鳥処理場に対する立入検査の実施等により、食鳥処理場における構造設備基準の適合状況を的確に把握すること、構造設備基準に適合していない食鳥処理場の設置者に対し、構造設備に関する改善計画を提出させ、それを確実に実施するよう指導するとともに、その改善状況を確認するといった措置をとることが必要であること、立入検査マニュアルを作成の上、食鳥処理場に対する立入検査を定期的に実施し、特に構造設備基準に適合していない食鳥処理場に対しては、計画的に改善措置を講じさせるよう指導する等効果的な立入検査の適正な実施が必要である等の判断をし、その旨を福島県知事に通知した(本項につき甲二)。

(3) これに対して、福島県知事は、平成六年四月二一日付けで、保健所及び食鳥衛生検査所が行っている立入検査の実施方法等については、立入検査マニュアルの内容を六月までにまとめ、それに基づいて構造設備基準の適合状況を的確に把握することとするといった措置を講じること、指摘のあった不適合事項については、担当職員を対象とする改善指導方法に関する検討会を五月に開催するとともに、設置者に対して、改善に関する意見を聴取する機会を設けて改善計画書の提出を求めるなどにより、施設の改善及び改善状況の確認を徹底すること等を福島行政監察事務所長に報告した(乙一五)。

(三)(1)  徳島行政監察事務所は、平成六年四月から七月の間における徳島県内の大規模処理場八施設のうちの五施設、認定小規模処理場一八施設のうちの七施設を対象に調査を行ったが、構造設備についての結果は、冷却槽、製氷庫、解体室の配置が不適切なため、屋外を通って、降雨中でも無蓋容器に入れられた冷却後のとたいを解体室に移送していたこと等不適合なものが延べ四六事項認められた。

そこで、右行政監察事務所は、食鳥処理場における構造設備の実態を把握し、不適合なものについては、改善が図られるよう処理業者に対する指導を徹底する必要があるとして、平成六年一〇月一四日、その旨を徳島県知事に通知した(本項につき甲三)。

(2) 徳島県知事は、右通知を受けて、構造設備及び衛生管理における不適合事項につき、平成六年一〇月一七日及び二五日、連絡会議を開催し、食鳥処理場の構造設備及び衛生管理に関する改善及び指導の方法について検討を行うとともに各食鳥処理業者に対し、指摘事項の把握とその早急な改善策について検討するよう通知を行い、同月三一日には、食鳥処理業者を対象とした会議を開催し、構造設備基準及び衛生管理等の基準を遵守するよう指導を行った。また、食鳥衛生検査所の立入検査においては、食鳥処理業者の改善計画等の意見を聴取しながら、指導を行うとともに、従来から実施している構造設備基準チェックリストの改善を一一月中に行い、各食鳥処理場の構造設備基準の適合状況を把握し、食鳥処理業者に対して基準の遵守を徹底することとした。そして、以上につき、平成六年一一月一四日付けで、徳島行政監察事務所長に対し報告回答した(本項につき乙一四)。

(四)(1)  岡山行政監察事務所は、平成六年四月から七月の間に、岡山県内の一四事業者(うち認定小規模業者の数一一)を対象に、構造設備基準、衛生管理、食鳥検査等の適合状況について調査を行ったが、一三施設において、汚水処理設備、そ族昆虫等の防御設備が構造設備基準に適合していなかった。そこで、同事務所は、右状態が、岡山県の事業者指導が不十分であったこと及び事業者に法基準を遵守する意思が希薄であったことに起因していること、右状態を改善するため、岡山県及び岡山市は、食鳥処理場に定期的に立入検査を実施し、処理場における構造設備基準への適合状況を的確に把握し、構造設備基準の遵守のために必要な事業者指導を実施すること、構造設備基準に不適合の処理場については、施設の改善計画書を事業者から提出させ、また、改善計画書に基づく改善状況を定期的に確認し、許可基準に適合する処理場の実現を図ること、講習会等を開催し、事業者や食鳥衛生管理者に対し、構造設備基準の励行について、十分な指導を行うこと、事業許可時の施設設備の事前確認を図面等に基づき適切に実施し、法基準に適合しない施設、設備の発生を未然に防止し、事業者に対し、基準に合致した設備等の整備等について技術指導を行うことが必要である等として、平成六年八月一一日、その旨を岡山県知事及び岡山市長に通知した(本項につき甲四の一及び二)。

(2) 岡山県知事は、右通知を受けて、食鳥処理場の構造設備基準及び衛生管理基準につき、食鳥処理の事業の許可及び監視指導体制については、従来、県環境衛生課が所管していたものを、人員、機動力の面から食肉衛生検査所が所掌することとし、監視指導体制の整備・強化を図り、構造設備、衛生管理の指導については、食肉衛生検査所による計画的かつ継続的な監視指導を実施し、不適事項については改善指示書を交付して改善を指導し、短期的に改善可能な項目については即時改善させ、中・長期的な事項については改善計画書の提出を求めるとともに、定期的な立入指導による改善指導を行った(乙一六の一)。

(3) また、岡山市長も、右通知を受けて、その改善措置として現在、構造設備の点について、認定小規模処理施設用チェック表を作成し、監視指導時に利用するとともに、その写しを指導票として事業者に交付することにより基準の遵守を指導している。また、指摘のあった不適合事項に関しては、すぐ改善できるものについては速やかに改善させ、中・長期的なものについては改善計画書を徴収しており、立入検査時に改善状況を確認し、早期の改善を指導している(乙一六の二)。

(五)  また、原告らが前記第二の二3において、食鳥処理場を特定して食鳥検査法の厳正な適用のための措置を請願した一三県一市は、原告ら指摘の違反事項がないとして回答しなかったものを除いて、新潟県、埼玉県、栃木県、石川県、富山県、茨城県、福島県及び福井県は原告らに回答を行い、回答をしなかった県のうち兵庫県及び岐阜県は、右請願後、再調査を行った。また、愛知県は、原告ら指摘の業者について立入検査指導を行った(乙一三の一ないし一四)。

(六)  また、千葉県衛生部は、平成六年七月一四日、各都道府県市区における食鳥検査制度の進捗状況等を議題とした平成六年度関東甲信越静地区食鳥検査担当者会議を開催し、鹿児島県は、平成六年七月一九日から二〇日まで、食鳥検査体制等を議題として食鳥検査に係る主要生産道県会議を開催している(乙九及び一〇)。

三  そこで、原告ら主張の法基準不適合構造設備業者に対する許可の規制権限等の不行使(不許可にすべき権限の不行使)の違法について検討する。

食鳥検査法が食鳥処理事業につき許可制とした趣旨は、食鳥肉等に起因する衛生上の危害の発生を防止し、もって公衆衛生の向上及び増進に寄与するとの目的を達成するためであり、原告らの主張する個々人の営業上の利益保護を目的とするものではない。したがって、原告らに対する関係で、都道府県知事が同法所定の許可基準を満たさない申請者に対して不許可処分をすべき作為義務を負うものとは解し難く、「不許可にすべき権限の不行使」が違法になるとはいえない。なお、原告らは同法施行前の行政指導が不十分であったことが不作為の違法に当たるとも主張するようであるが、原告らに対する関係で被告(厚生大臣ないし都道府県知事)がかかる行政指導をなすべき義務を負っているとは解されないから、採用の限りではない(なお、被告は同法施行に向けて、前記第三の二1のとおり対応しているし、また、右行政指導の有無にかかわらず、適法な法の執行(許可)がなされれば足りるものである。)。

また、前記認定の福島県、徳島県及び岡山県において、各行政監察事務所から指摘された食鳥処理場の構造設備不適合事由のなかには、例えば生体受入施設が十分な広さを有していないため広場で生体検査を実施していたこと(福島県)、冷却槽、製氷庫、解体室の配置が不適切なため、屋外を通って、降雨中でも無蓋容器に入れられた冷却後のとたいを解体室に移送していたこと(徳島県)等は、許可が与えられた当初から存在していた可能性があり、その限度では同法五条二項に違反した許可がされた可能性を否定し難いが、その他の都道府県知事の同法三条に基づく許可が違法であったことを認めるに足りる的確な証拠はなく、したがって、原告主張のように圧倒的多数の業者が従前の設備のまま許可を受けた状況であったとの事実を認めることは困難である。なお、右福島県及び岡山県の各県知事において、右各許可処分が原告らの営業上の損害を生じさせることを予見できたこと、ないしは、許可処分をしないことにより原告らの右損害発生を回避できたことを認めるに足りる証拠もない。

そうすると、原告の右主張はいずれにしても採用し難い。

四  次に、原告主張の法基準不適合なままの施設での事業継続を漫然放置したとの規制権限等の不行使の違法について検討する。

原告らは、都道府県知事は、食鳥検査法に定める食鳥処理場の構造設備に関する各種規制権限を行使せず、法基準不適合のままの設備での事業の継続を漫然放置し、厚生大臣は、都道府県知事に対する監督権限を行使せず、右状態を漫然放置し、全国的に斉一に実施されるべき法の実施・不実施の不平等状態を是正しない違法があると主張する。

ところで、食鳥検査法は、都道府県知事に対して構造設備が基準に適合しない場合の整備改善、使用禁止、許可取消、事業停止の監督処分権限(九条)、業務状況の報告の徴収(三七条)、事務所等施設への立入検査(三八条)等の行政調査権限を認めているが、右権限を行使するか否か、その時期、方法等の判断は都道府県知事の専門的判断に基づく合理的裁量に委ねられていると解されるから、右権限の不行使については、当該具体的事情の下で権限が付与された法の趣旨、目的に照らして著しく不合理であると認められる場合でない限り、国家賠償法一条一項の適用上違法との評価を受けるものではない。そして、前記のとおり、食鳥検査法が原告ら個々人の営業上の利益の保護を目的とするものではないことは明らかであるし、被告(厚生大臣ないし都道府県知事等)は、少なくとも前記第三の二記載のとおり各種の対応をしてきているのである。そうすると、前記第三の二2(二)(2)及び(三)(1)の事実や証拠(証人浅野目及び弁論の全趣旨)によれば、現在でも法基準不適合な構造設備しか有しないまま許可を受けた食鳥処理場が存在していることが窺われなくもないが、それらが原告ら主張のように全国的にみて大多数であることを認めるに足りる証拠はなく(なお、原告らは、法基準不適合業者の数を指摘しているが、その処理数については明確な主張がない。)、それに対する規制権限等の行使が不十分であったとしても、原告らに対する関係で国家賠償法一条一項の違法があるとは認め難いというほかない。なお、原告らは行政指導の不作為の違法(その具体的な内容は明らかでない。)をも主張するようであるが、右のとおり規制権限等の不行使の違法が認められないのであるから、その余の点につき判断するまでもなく右主張は採用し難いし、また、原告らは、法基準不適合業者が低価格で販売するため原告らが損害を被っていると主張するが、食鳥肉の市場の動向、適合業者(原告ら)と不適合業者の食鳥肉等の販売数、両者の競合関係も証拠上明らかでなく、右監督処分権限等が行使されれば、原告ら主張の損害が発生しなかったこと、すなわち右監督権限等の行使によって原告ら主張の損害発生が回避できたことを認めるに足りる証拠はない。

第四  結論

以上によれば、原告らの本訴請求は、その余の点について判断するまでもなく理由がないからいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき、民事訴訟法九三条、八九条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官宗宮英俊 裁判官石橋俊一 裁判官山﨑栄一郎)

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